Try and Love Again

あいつ〜序章」第11話(最終話)より

        尽きせぬ叙情を籠めて、新たな旅立ちへ

文:サー・トーマス
絵:山野林梧



「あいつ〜序章」最終話より

 場内が暗くなり、あいつが登場した。
 二十になっているはずだが、俺の知っているあのときの、あのままのあいつだった。黒髪は肩まで伸び、さらと場内の微風に舞う。満員の会場の女性達からため息が漏れる。
 あいつはバンドをバックにイーグルスの『サッド・カフェ』(アルバム”ザ・ロング・ラン”所収)を歌い出した。

♪ああ、飛べるような気がしてた
 あの美しい渚まで
 甘い香りに包まれて

 幾つかの俺達の夢は実現し
 幾つかは消えていった
 そしてまた幾つかはここに残っている
 このサッド・カフェの中に

 多分何年か経てば
 君の顔に皺が出来る
 でも人生の変化ってとてものろく
 変わっているなんてとても思えない

 何故って聞いても意味はないよ
 そうなってしまうしかなかったんだから
 だから寂しい時は真夜中に来なよ
 このサッド・カフェに・・・


 切なくあいつは繰り返す。
 学生時代にあいつと俺の悪友達としけ込んだ喫茶店。
 マスターがこの歌にちなんで店の名前をこう呼んだ。
 俺達はわいわいと口論し冗談を言い、喧嘩した。
 遠い懐かしい記憶・・・

 悪友達は自分なりの夢を叶え、あいつと俺も金銭面では成功した・・・でも俺の愛は
 ・・・カフェの片隅にまだ残っている



 『トライ・アンド・ラブ・アゲイン』(アルバム”ホテル・カルフォルニア”所収)をあの透き通る様な声で歌い出したとき、俺の頭にはサンフランシスコへ向かうハイウエイの情景が浮かび上がった。

 あいつの夢を奪おうとしてあいつに見放され、死ぬような絶望感に永遠に苛まれると思った。
 あいつは俺のもとに戻ってきたが、以前のような愛をあいつは拒絶した。しかし肉体の疼きの癒しを俺に求めた・・・
 そして愛する俺と愛を信じないあいつの奇妙な生活。ロサンゼルスへの旅。

 コンバータブルの助手席で微笑むあいつ。市庁舎で口論したこと。
 ホテルのバスルームで野獣の様にあいつと抱き合ったこと。

 ・・・はじめてあいつのバイクの後ろに乗った日のこと。あれが始まり。

 あの一瞬一瞬が、遠い過去のことのように思えた。




君が独りぼっちでいるとき、
あの時の記憶が巡ってくる
輪が回転するみたいに。
そして君は迷子になって彷徨う
全てを思い出すまで

一つ一つの思い出が
寂しさを増して行く
でも日が経つに連れ
段々と薄れていく

ああ、あいつが君を見た時
君はその瞳に何が映っているのか分からなかった
確かにあいつは踊っていたんだ
優しく動くあいつの姿しか君には見えなかった
音楽に包まれた美しいあいつしか

僕は留まるべきだろうか?去るべきだろうか?
本当に知りたいんだ
僕は勝ち取ることが出来るのだろうか?失うのだろうか?
もしもう一度あいつを愛することが出来たら




 俺は涙を流し、歌詞を呟いた。隣の男が気味悪そうに睨んでいた。



Inspired translation from "Long Run" and "Hotel Calfornia"(the Eagles) by Sir Thomas Hatsuse