りんと小吉の物語 天下無双の涙
文:サー・トーマス/泊瀬光延原作
絵:山野林梧
「夢色奇譚」25万ヒット記念に贈ります
初稿 2008/10/13
この物語は少し前に起こった事件に関係しています。→「媚薬」
読んでいなくても大丈夫ですが。

一
「・・・ふむ、上杉殿の密使とな・・・」
「は・・・それがしの領内を幾度と無くこの京の前田慶次の屋敷から越後へ走る者がおりまする。普段の早馬ではなく忍びを心得た者で御座います」
ここは京都、伏見の太閤秀吉の新居城、伏見指月城の茶室である。
秀吉は客人用の金箔、銀箔で飾った絢爛たる茶室の他に、密かに利休好みの地味な一室を本丸の裏木戸の近くに設けていた。
ここで彼自身の情報網である地方の豪族、町民、はたまた出世以前に関係のあった野伏(のぶせ)りの頭領などを呼び、懇談するのである。
このころの秀吉にはまだ、下界の細々した情勢を自ら分析する精力があった。
小柄な秀吉は上座に胡座を組み、脇息にもたれながら、鮮やかな色彩の絵がある扇子をぱちんと言わせて何か考えている。
「・・・上杉殿にはあの直江兼続がおる。儂は直江を家臣として欲しいのだが・・・あの二人は兄弟の様に一枚岩となっておる。・・・だが今更、牙を剥いて来ることはあるまい」
秀吉は横で端座している若衆に言った。
「・・・のう、お庄?」
お庄と呼ばれた若者は、その類い希なる美しい顔(かんばせ)をほころばせ、妖艶なる上目遣いでにこりと笑った。
浅香左馬之助、幼名、庄三郎と言う。
後に不破万作、名古屋山三郎と並び、戦国の三大美童と謳われた少年である。当年十五の花も恥じらう若衆振りであった。
あまり男色の趣味はなかった秀吉であったが、五十八となりようやく愛妾、ねねを孕ませた。妊娠中のこともあり、また年齢的に激しい男女のまぐわいは出来なくなった代わりに、左馬之助を同衾させ、柔らかな少年の肌を睦み、『穏やか』な床を楽しむようになったのだ。
庄三郎がなじる様に言う。言葉には角(かど)があった。
「しかし・・・山野助定ともあろうお人がその間者を取り逃がすとは・・・」
助定は平伏しながら、ちらと上目で庄三郎を見た。
庄三郎は勝ち誇ったような流し目で助定を見る。
前から助定に色目を使っている。だが助定は一向にそれに応じる様子はない。
「儂の筋からの話では、その小わっぱはお主の背に乗り、小刀を突きつけて見事に逃れたと言うではないか!」
助定はびっくりして頭を畳まで下げた。
(ばれている・・・)
自分をここに呼びつけたのはいつもの情報を得るためではないらしい。自分の郎党の中に金で秀吉に内通しているものがいるのだ。それで咎を受けることはなかろうが、なんという失態を知られてしまったものよ。
秀吉は、老齢と思えぬ身軽さでひょいと立ち上がり、助定の頭の前に片膝を突き、閉じた扇子の先で助定の顎を押し上げた。
「誰じゃ?その間者は?お前をそこまで手玉に取るとはただ者ではあるまい?」
庄三郎も、思わぬ助定の落ち度に、にやりとして膝を少し前に進め話を聞こうとする。
「そ・・・それは・・・」
助定はこの天下を取った老人には一切の嘘は言えないことを察していた。魔王と呼ばれた非情の信長に最も信頼されていた男・・・少しの作り話も許さない。
嘘ということを見破られれば、それこそ、ここから生きては出られないだろう。
「それがしが前から焦がれて者・・・」
二
助定の言に老人と美小姓は驚いた。
苦しい言い訳が出てくると思ったが、何と意外な話よ。
庄三郎が怒りを含んだ声で問うた。
「山野様!それはおなごか!」
前から気になっていた助定に、無視されていたということが明らかになって、庄三郎の嫉妬心に、いや自尊心に火が点いた!
助定は、矢を射るような二人の切れ者の視線に、背中が汗でじっとり濡れるのを感じた。
「それは・・・前田慶次に使えるりん・・・竜胆丸と言う忍に御座います」
「何じゃ、男の子か!」
「はっ」
秀吉は拍子抜けの様に言って、庄三郎に向かって言った。
「こやつも若衆好きであったか・・・ははは、傾城とは言ったものよ。のうお庄・・・」
秀吉はぎょっとして途中で言葉を止めた。
庄三郎の目は釣り上がり、美しさに増して夜叉のような嫉妬の相となっていたからだ。
慌ててごほんと咳払いをして、秀吉は席に戻った。腰を据えて、
「・・・そのりんという者、美しいのか?お庄と比べてどうじゃ?」
庄三郎は秀吉の方を吃驚して見た。
さすがに天下を取った男、庄三郎と助定の関係を面白がっている。
助定は仕方なく答えた。
「は・・・およそ天下に比類無き者と覚えます」
庄三郎は太股の上の袴をぎりと握りしめた。
三
指月城からは西に少し離れた低地にある慶次郎の伏見の屋敷に、秀吉から使いが来た。
久しぶりなので顔が見たい、酒を振る舞うと言ってきた。主従ともども伏見城に来いと。
「くさいな・・・」
小吉は心配そうに主人の顔を見た。
「太閤様が直々に・・・何で御座いましょう?」
慶次郎は、前田利家から暇を貰い、上杉家の食客という立場である。基本的に牢人である。その男に日本の最高権力者から、酒を飲みに来いとは常識では考えられない。
「あの狒狒爺とは尾張の荒子にいる頃からの付き合いじゃ。まだ信長公の『草鞋敷き』(秀吉が、冬に信長の草鞋を尻に敷いていたのに、懐で暖めていたと嘘をついた逸話から)だった頃からな」
慶次郎の目がきらきらと輝いた。面白そうな成り行きじゃ。無理難題を言ってきたらふん捕まえて捻ってやろう。
「確かに久しぶりじゃ」
慶次郎は小吉の目を見た。
この主従には死に向かう時に言葉は不要だ。小吉はゆっくりと頷いた。
「天下の太閤の御前でひと暴れしましょうか!」
慶次郎主従は、伏見城の裏木戸から案内され、馬を降りて例の茶室に向かった。
その通り道に十間(約20メートル)ほどの白塀に囲まれた道を通った。高い白塀には上の方に鉄砲狭間(鉄砲を撃ちかけられる様に開いた小さい窓)が無数に開いている。
その一つから秀吉、庄三郎、助定が一行を観察していた。
案内の侍の後に慶次郎、小吉、そしてりんが歩いていた。
「あの者か・・・?」
秀吉が遠眼鏡を覗きながら言った。半ば口をぽかんと開けてしばらく見ていたが、眼鏡を庄三郎に渡しながら言った。
「何と・・・あのような者がいたとは・・・」
庄三郎がそれを聞いて、食い入る様に眼鏡を覗く。
そこには長い髪を後ろで結わえ、一見おなごの様な風貌の男(を)の子がいた。その眉は怒りの一線の筋となり、あくまでも澄み切った真摯な瞳、思惟の像の菩薩のようなその横顔。美しく反った背に袴の腰が優美に膨らむ。
美しいと人にちやほやされてきた庄三郎も、目が釘付けになった。
助定がぽつと言った。
「あの者は・・・魔性で御座る。どうしても手に入れたくなる・・・離したくなくなるほどの・・・」
庄三郎の瞳が嫉妬でさらに燃え上がった。そして助定に言った。
「聞けば刺客であったという闇の者・・・私がその化けの皮を剥ぎ取って、世にもおぞましい者だということをお見せしましょう」
秀吉はほくそ笑んだ。
(これは・・・面白い!先の合戦よりもよほどな)
四
茶室には慶次郎と小吉だけが入ることを許された。
「お小姓はこちらへ」
小吉ははっとしてりんを見た。りんも小吉を見た。
そしてりんはにこりとして言った。
「小吉・・・大丈夫じゃ。旦那様をお守りしろ」
りんが連れ去られる後ろ姿を見ながら、小吉は胸が張り裂けるようであった。これが今生の別れになるかも知れぬ。だがいつか誓った。あの世でも一緒じゃ!
りんは慶次郎達が通された茶室から離れ、渡り廊下を渡った中庭の平屋造りの建物に案内された。
四方が濡れ縁に囲まれ、五間(約10メートル)四方のかなり広い部屋だ。天井が高い。その部屋に入ると畳ではなく、床板が張られ、その上に毛皮が敷き詰められている。なにやら淫靡な感じだ。
四方の隅に大きな燭台が明かりとなっている。
中央に正座して待った。大刀と脇差しはこの本丸に入る時に預けなければならず、寸鉄も帯びていなかった。
その時、前の襖が開いた。そして入ってきた二人の者を見てりんは言った。
「や・・・山野様!」
次ぎに、その隣の尋常ではない美しさを持った少年を見た。
「貴方は・・・?」
「私は太閤様お付きの浅香庄三郎!お前に上杉家の密書のことを聞きたい!」
「密書・・・?」
「数ヶ月前、山野様の御領内を抜けて越後に運んだであろう!そして山野様に咎められ、その肉体(からだ)で山野様を迷わせてまんまと逃げおおせた!」
りんははっと助定を見た。しかし自分を麻薬漬けにして、意のままにしようとしたのは助定の方だ!
「あれは・・・密書ではありません。景勝様の奥方様への・・・」
庄三郎は勝ち誇ったように言った。
「それはお前の肉体(からだ)にこれから聞くわ。この山野様の前で男(を)の子としてもう生きていけぬほどの辱めを与えてな!」
その言葉で三方の襖が大きく開いた。
「!」
五
その部屋に三方から屈強な男達がその手に縄やら鎖を持って入ってきた。
それぞれ三人、九人の男達はその逞しい体を褌一丁で隠していた。
「くく・・・この者達はお前と同じ闇に生きる忍びの者よ。これからお前の肉体の隅々を調べ上げ、突き込み、お前が死んだ方が良いと思うまで可愛がってくれるぞ。それから密書のことを聞いてやろう」
助定は面食らって庄三郎に言った。
「お庄殿!これは・・・!」
庄三郎は夜叉の面となって怒鳴った!
「山野様!これは詮議で御座る!口出し無用!」
そして小悪魔のような嗤いを見せて、
「見るのが嫌なら・・・あちらへ行ってなさりませ。私は太閤様に好きにせよと言われておりまする」
助定はこれから始まるりんへの陵辱を見守るしかなかった。へたへたと尻餅を突いて欄干に背を保たせかけた。
庄三郎はそれを横目で見て、鋭く号令を掛けた。
「やれ!」
りんは正座したまま観念して瞑目している様だった。
一人の男がりんの前にずしずしとやって来て縄を両手に取り、それをりんの肩に回そうとした。
だが、りんの手がその男の片腕を取り、右横に立ち上がると、その男はもんどりをうって横に投げ出された。
「うわっ!」
「抵抗するか!」
両横から二人の男がりんの腕を掴もうと突進してくる。だが、りんが手を広げ身を躱したかと思うと、彼らは勢いよく互いにぶつかった。
ごきという骨が当たる音。
「ぎゃっ!」
二人はりんの足下に崩れた。
「何をしておる!早く組み敷け!」
庄三郎が絶叫する。
次から次へと男が襲いかかるが、この部屋も九人の大の男が働くには狭かった。りんは単騎であるという戦いの利を十分に心得ていた。
数人が部屋から投げ出され、欄干に引っ掛かったり、下の砂利の上でうめき声を上げる。
りんは燭台を倒さぬように、九人の忍者を体術を駆使して倒してしまったのだ。
庄三郎は驚愕して、脇差しを抜いて部屋の中央に静かに立つりんに切っ先を向けた。
「山野様・・・魔性の者と言われた分けが分かりましたぞ!小奴、人ではない!」
庄三郎は外に何か合図をした。そして自分を睨むりんに目を戻した。
庄三郎はその目を見てぞぞと感じた。その怒りの顔(かんばせ)から、降魔(ごうま)の剣の如き殺気が自分に発せられている。
その時、何かが庭から濡れ縁に上がってきた。
重苦しい息の音、圧倒的な重みの跫音が・・・
六
そこにのそりと現れたのは子牛ほどもあろうと思われる土佐犬だった。
その首に巻かれた太い縄を後ろから二人がかりで押さえている。
その犬の目を見て、りんは思わず右肩と右足を後ろに引き、偏身(ひとえみ)となった。九人の男達にさえその構えは取らなかった。
犬の目の奥には恐ろしいまでの怒りと憤まんが渦巻き、戦に出れば死ぬまで殺戮を繰り返すだろうほどの殺気があった。
(戦えば死ぬかも知れない・・・)
りんは阿修羅となった。
仏に会えば仏さえ殺す非情無慈悲な刺客の心に戻った。
それを受けた武者犬も羅刹となった。
彼は今まで幾多の闘犬と戦い、戦場では武士とも戦った。だがこれほどまでの敵に今まで遭(あ)ったことはなかった。
形は幼そうで柔らかそうな肉体の生きものなのに、その背後には巨大な阿修羅王が六臂(ろっぴ)の腕(かいな)に強大な武器を持って立ち上がっていた。
俺も死ぬかも知れぬ。人の心があったならこの犬はそう思ったに違いない。
この犬の背後の揺らめく蝋燭の影に、居並ぶ者達は、忿怒に鋼鉄の様な毛を逆立てる巨大な太古の虎を見た。
その時けたたましい声で庄三郎が叫んだ。
「りん!お前がこれ以上抗えば、茶室の慶次の命はない!」
助定も庄三郎も慶次郎ではなく、小吉がりんの伴侶と言うことは知らない。しかし慶次郎が死ねば小吉だって死ぬ!
ここは太閤秀吉の牙城の指月山伏見城。この年、隠居所として構築されたが山城の姿を保ち、常時数千の兵が警備している。
いかな豪傑の慶次郎でも、幾重もの矢鉄砲に晒されれば生きては帰れぬ!
りんは心の鎧を解いた。
土佐犬は却ってひるんだ。
一瞬にして無防備な柔らかい生きものに戻った。今、襲えば簡単に噛み殺せるだろう。だが、この犬は一廉(ひとかど)の武将以上に気高かった。殺気のない敵とは戦えぬ。
りんは庄三郎を懇願する目で見た。
「・・・お好きにしてください・・・もう抗いませぬ」
庄三郎は勝ち誇って言った。
「ふふ・・・ならば山野様にとっくりとお前のよい様(ざま)を見て頂こう」
助定をちらと見て言った。
「その犬と交われ!」
「えっ!」
驚いたのは助定。
「お・・・お庄殿!お待ち下さい!」
りんと犬の間に割って入ろうとした。だが、庄三郎の命令で、犬を押さえていた二人に取り押さえられた。両側から力士の様な腕で肩と腕を取られ、さしもの助定も身動きが出来ない。
「さあ!お前の身分相応に、獣と繋がってよがり声を上げるのじゃ!」
七
りんは巨大な犬の顔をじっと見つめていた。
犬は何事かと首を傾げる。
何かおかしい。
戦いの気運が満ちていたはずだが・・・
りんの手は下腹の固結びの帯の端を解いた。
袴を落とすと腰の厚帯も解く。そして小袖を肩からすると落とした。
体のどこかを押さえて呻いていた男達も、息を呑んだ。
そこには白雪の様な肌を持ち、どこまでも優美で健やかな男になる前の少年の肉体があった。
佇立する姿は月明かりで輝いているようだ。
少年は犬の前に進んだ。その足の運びは天女の様に優雅ですきがなかった。
犬も心の鎧を解いてその顔を見ていた。
りんは跪き、その喉と頭を撫でた。鼻と鼻をくっつけ二、三度横に振る。犬の鼻のひんやりとした水分が心地よい。
「りん!や・・・止めろ!」
悲痛な声を助定が上げた。
りんは犬の口先に自分の乳首を持ってゆき、耳の毛を撫でた。犬はぺろぺろとりんの突起を舐める。
「ん・・・!」
りんは思わず声を上げた。
小吉と慶次郎を救うのなら、畜生道に落ちても構わない。
今はこの犬の長大な一物を受け入れて、白濁を自分の体内に噴出させるまで犬を興奮させなければならない。
そうでなくては、ぎらぎらとした目で成り行きを見守る庄三郎の意に添わないだろう。
春になると犬のまぐわいをそこかしこで見る。犬の一物は人のものとは違う。一度受け入れれば中で引っ掛かり、無理に引き出せば中の肉まで引きずり出されてしまう。だから、犬が欲望を果たし、その気が無くなった時、俺の最後なのだ。
小吉に逢うまで幾多の人の命を奪ってきた。これが俺に相応しい最後かも知れない。俺を救おうとしてくれた小吉、そして前田様・・・さようなら・・・
りんは犬の首を肩に載せて、そろと手を犬の股に差し入れた。
犬も状況が分かったのか大人しくしている。戦いのために毛皮の中に隠れていたものを握り、それをさすり出す。すると犬の鼻息が荒くなり、ぬるっとしたものが毛皮から出てきた。そして留まるところを知らない様にぐんぐんと伸びた。
(す・・・凄い!こんなもの・・・受け入れたら・・・)
庄三郎は興奮して息が激しくなっていた。助定をぎろと見る。助定は二人の大男に押さえつけられながらも、目を瞑り手を握りしめて、一心に法華経を呟いている。
「山野様!見るのです!これがこの者の本性なのです!けがわらしい!繋がってよがっているところを『二匹』とも殺して、そのまま三条河原に晒してやりましょう!」
他の男達は震え上がっていた。
(こ・・・この少年は阿修羅の化身じゃ!祟りがあるぞ!)
八
りんは後ろを向いた。そして両腕を突き、腰を浮かせて犬を待った。
犬はうを〜んと低く鳴くとゆっくり前に進んできた。そしてりんに被さって行く。りんの蕾に生暖かいものが当たった。
りんの肉体は震えた。
抉り入れられる!あの無慈悲な鬼吉に血だらけになってもそうされた様に!
「そこまでじゃ!」
その声に皆、我に返った。
庄三郎の後ろの庭には三人の人影があった。中央に秀吉、その後ろに慶次郎と小吉。
小吉が叫ぶ。
「りんご!」
それと同時に天井から黒いものが振って来て、土佐犬の首の縄を拾い、後ろに引いた。慶次郎に拾われた女忍、りんごだった。
しかし巨大な犬はびくともしない。首を回してりんごをじろと見た。
「ひっ!」
その迫力に、りんごは足を滑らせて尻餅を突いてしまった。
だが、犬はぶるぶると身震いするとすっと後退りし、ぷいと横の襖から出て外に飛び降りてしまった。
犬の係りの二人が必死にその後を追う。りんごがぽかんとしてそれを見守った。
庄三郎と助定はその場で平伏した。
小吉が書院に駆け上がって、りんの小袖を拾うとすぐさまりんの身体を包んだ。そして胸に掻き抱く。
りんの白い両腕が小袖から出て来て、躊躇(ためら)いながらゆっくりと小吉の胴に回った。そしてぎゅうっと抱きついた。
固く抱き合う二人を見ながら、秀吉は庄三郎に言った。
「馬鹿者!お前は儂をこの二人に殺させたいのか!」
「お・・・お許し下さい!庄三郎は・・・山野様に懸想されるこの者が羨ましく・・・嫉妬に狂っておりました!」
慶次郎が言った。
「庄三郎殿、謝る相手が違うぞ!」
庄三郎は、鬼の様な顔をして睨む慶次郎を見て慌てて這ってりんの足下に行った。
「りん殿・・・私はどうにかしていた・・・この刀で突くなり斬るなりして下さい!」
震える手で脇差しをりんに手渡そうとした。りんはそれを受け取らず、小吉に抱きついたまま言った。
「・・・もう・・・いいよ」
慶次郎は太閤に言った。
「太閤様、許して上げなされ!庄三郎殿の山野殿への想いを」
小姓、特に寵童(ちょうどう)が主以外の男と通ずるのは、主の許しを得ない限りは手討ちになっても仕方がないことだった。
秀吉は平伏する助定と庄三郎を見比べながら溜め息を突いて言った。
「やれやれ・・・儂はそれほど若衆狂いではないぞ!助定!お前もりんは諦めて、庄三郎の心を考えたらどうじゃ!全く・・・」
その時、嗚咽から愛らしく泣きじゃくるりんの声が始まった。
子供の様に小吉の胸で泣きじゃくる。
小吉は愛おしそうにりんの頭と髪を撫で、呟く。
「・・・りん、離さんぞ・・・絶対に・・・お前がどんなことになろうとも、お前を離すものか・・・」
「こきちい・・・うえーん!」
なぜか裸バージョン・・・
慶次郎はやれやれと言う顔で、
「太閤様!いや、籐吉郎殿!昔に返って一献どうだぎゃあ?」
天下人に対する慶次郎の言葉に、皆は驚きさらに平身低頭する。それをよそに『籐吉郎』は、
「はは・・・お前には適わんぎゃあ!犬殿を呼んで呑むか!猿はここにおるでな!」
この犬とは犬千代という幼名で信長に呼ばれた前田利家のことだ。
「小坊主も呼びますか?ははは」
と慶次郎。小坊主とは寺小姓だった石田三成のことである。
遠くで季節はずれの恋が始まったのか、うおーん、うおーんと犬の鳴き声がした。
「ところで・・・」
酒が回って天下人達のろれつが回らなくなった頃、秀吉は慶次郎と小吉に言った。
「どうじゃ・・・りんを儂にくれ!ゆくゆくは大名に取り立てるぞ」
二つの声が同時に重なった。
「駄目!」
了
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