あいつ〜その後 クリスマスに新陰流

りんと林太郎が大好物の「夢色奇譚」山野林梧様へクリスマスプレゼント

エロなしで〜す。ごみん! >o< 武道に興味のない読者様すみませ〜ん!m=m

文:サー・トーマス&泊瀬光延



前書き・人物紹介
・俺(角南大介)
 小説家。学生の頃林太郎と会い、一目惚れする。男色家という分けでもなく、林太郎一途である。林太郎と一時別れた時に書いた歴史小説で、自分と林太郎を古武士と少年刺客に置き換えて、契りの物語を描いた。後に林太郎の努力でハリウッドの有名監督に映画化された。

・柳生林太郎
 新陰流の師範を祖父に持つ美しい少年天才サッカー選手だった。晩稲で中性的な肉体の徴候を持つ。大学の頃、大介の下宿で犯されたが、その純情にほだされて恋仲となった。しかし心のどこかで大介を憎む心を持ち、愛情とのジレンマに苦しむ。怪我でサッカーを諦めた後、大介の小説の映画化を実現し、その主人公、少年刺客の役を演じ世界的スターになった。しかし大介が行方を眩ませたため、その一作で引退した。その後、シンガーに転じ、大介を捜し出しよりを戻した。

 この物語は、大介と林太郎がお互いの愛を再認識した後の話である。通常は、林太郎はカリフォルニアで歌手として活動し、大介は日本の北越のログハウスで執筆活動を続けている。


   *      *       *

1 カリフォルニアから

「大介、クリスマス・プレゼントに何が良い?」

 スカイプのイヤホンからあいつの弾ける様な声で質問が来た。俺はパソコンの会議ソフトのアイコンをクリックする。
 あいつの顔が画面に出た。あいつの背後に写る部屋はカリフォルニアの朝の光に満ちている。日本の北越のログハウスにいる俺は夜の9時の帳の中だ。俺は画面のあいつを指さしながら言った。

「お・ま・え!」
 画面の中のあいつが微笑む。
「じゃ、クリスマス・イブにそっちに行く」
「もっと早く来れないのか?」

 あいつが少し済まなそうな顔をして、
「爺ちゃんの具合が悪いんだ・・・」
「え・・・そうなのか?!」
「うん・・・それで動けなくなる前に、印可を受けてくれって言うんだ」
「印可・・・新陰流のか?」

 印可とは、武芸などでその流儀を極めた者に贈られる許可状の様なものだ。
 あいつの家は代々、柳生新陰流の主家を助ける師範だった。祖先は江戸末期に本家である柳生家より別れ分家となり、二百年の間、主家の陰日向になり武道において補佐してきたのだ。現在の主家は名古屋で道統を継いでおり、林太郎の家は関東のまとめ役となっている。
 林太郎は六歳のころから祖父の薫陶を受けたそうだ。相当の腕になっている。だが持ち前の運動神経で、サッカーに熱中して祖父をやきもきさせていたのだ。
「爺様を安心させてやれば・・・」
 画面の中の林太郎は頷いた。

「大介も来いよ。新陰流の奥義を見たいだろ?」
「え・・・見たい!でも、秘伝じゃないのか?」
「今時、秘伝もないよ。高弟達を納得させるには、その目の前で力を見せる必要があるんだ。おまいは研究家ということで、参観を爺ちゃんにお願いして見る」



2 道場にて

 かくして俺は湘南の長沢にあるあいつの祖父が経営する道場を訪れた。

 林太郎はカリフォルニアから一週間前に帰っていて一心に祖父から技の全てを教えられていた。そして十二月二十三日にその技を披露して印可を受けるのだ。ただ、まだ二十歳そこそこの若い林太郎は師範代として、道場に定住はしないとしていた。林太郎の祖父はまだやりたいことがある青年の夢を絶つ様な堅物ではなかった。『屋根の上のバイオリン弾き』の老主人公の様に時代の流れを受け入れているタイプの人であった。

 当分は四十代、五十代の高弟達が師範代となり、名古屋の主家と連携する。
 だが、納得していない者も中にはいる。林太郎は印可を受けるには若すぎるという意見だ。あいつは、何十年も修行している剣の男達を納得させなければならないのだ。

 俺はこの状況を林太郎から聞いていたが、道場に居並ぶ一部の剣士達の目つきを見て心臓がどきどきしてきた。
(こ・・・これはとんでもない所に来ちまった!この緊張感はまるで真剣勝負だ!)

 道統を継ぐという事は並大抵の事ではない。剣を極めるということも大変なことだが、その技を他人に伝えるということはどんなに困難なことか。

 人それぞれには個性がある。
 それと同じように太刀を振る動作にしても各人、癖がある。最初に正しく教えられても、それが時間が経つ内にどんどん変化して最初の振り方と全く違うものになってしまうことは良くある。この時、それを矯正し正しい形に戻す事が出来る能力が、印可を受けた師範には求められるのだ。
 そして師範自身が常に正しい振り方をやってみせなければならない。武道は口で幾ら言っても駄目なのだ。やって見せてなんぼの世界なのだ。

 道場の下には俺の他に剣道関係や怪しい武道雑誌の記者とカメラマンが数人いた。そして地元の剣道少年らしい子供達と教師も数人正座している。始めはニコニコしていたが、高弟達の殺気を感じて少し緊張気味だ。

 武道家が若者に印可を授けるという行為は特に公表した分けではないが、現代では珍しいことである。どこから漏れたか知れぬが、地元の彼らに伝わったのだ。



3 登場

 高弟の一人が道場の神棚の右にある陣太鼓を叩いた。

 どーんという音(ね)に導かれ、林太郎の祖父がゆっくりと道場に入って来た。神棚の前の式台に上がり胡座をかいた。
 その前を開けて左右に並ぶ十数人の高弟達が、胡座を正座に直し親指を真っ直ぐにして人差し指を輪の様にした形で指を突き、礼をする。凛とした厳しさが道場を支配した。
 林太郎の祖父は、柳生新陰流の祖、柳生石舟斎(一五二七〜一六〇六)も斯くあったろうと思うほど威厳に満ちていた。

 道場の入り口から、林太郎がしずしずと出てきた。剣道の丸袖の蒼い胴着と綿のこれまた蒼い折り目がきっちりと付いた袴を履いている。現代剣道とは異なり、袴の腰帯の下には角帯を三重に巻いている。後ろの腰で帯を丸めて止めているので、袴の後ろが盛り上がり、お尻が突き出ている様に見える。林太郎のその姿はキュートで女性的だ。

 高弟達の視線が一斉にあいつを刺した。

 俺の横の連中からほおという溜め息が上がった。カメラマンが腰を上げて、いざって高弟の列の最後部に近づく。

「おい、まさか・・・本人が出てくるとはな!」
 記者達が小さい声で囁き合った。
 新陰流の印可授与があると嗅ぎつけて来たこの連中は、師範の老人が、サッカー界で暴れ、ハリウッドに行って大スターになった柳生林太郎の祖父であることは知っている。しかし、まさか、あいつが印可を受ける本人とは思わなかった様だ。
「やったぜ!これは・・・武道雑誌なんかより女性誌に高く売れるぜ!ひっひっひ!なんちゅうラッキーよ!」

 撮影はビデオは許可されず、一眼レフのカメラだけだった。
 古武道は、修行者以外は一切、稽古内容を明らかにしないのが幕末までのしきたりだった。しかし、世の中が武道を必要としなくなった現在は、後継者の問題が常に深刻について回る。特に四百年の歴史を誇る新陰流はその教えを後世まで伝えるために、敢えて稽古や奥義を公開する様になった。

 しかしその技は、依然として高度な身体動作を要求するものであり、物まねをしても会得は出来ないのだ。
 入門して十年でやっとその入り口に立てると言われている。



4 武士の復活

 林太郎の稽古着の姿は美しく、凛々(りり)しく、初々(ういうい)しかった。

 あのハリウッドで撮った、俺の小説が原作の映画『りんと小吉の物語』のオーディションで、林太郎が始めて少年刺客の出で立ちをしてスタジオに登場した時を思いだした。あの時はカツラを被り、長髪で袴をはかずに小袖だけだったが。
 俺は下腹に興奮を感じてしまった。

 林太郎は居並ぶ高弟達の列にそれぞれ一礼をして、神棚の下の祖父に向いて道場の中央に正座した。
 座る時、袴が足にまとわりつかない様に膝の横を押さえながら美しく座る。背筋は伸び、撫で肩で長い首のフォルム。首までさらと揺れる黒髪。脚の付け根に添えた手のたおやかさ。

「これを」
 『石舟斎』が、自分の横に置いたひきはだ竹刀を持って横にして差し出した。
 林太郎は一度、正座から後ろ足にお尻を乗せた居合腰になると、そのまま膝行してうやうやしく祖父から竹刀を受け取る。そしてそれを左手で腰に捧げて祖父に背を向けて座った。
「!」
 居並ぶ高弟達から殺気が放たれた。
 師範である祖父の竹刀を受け取り、祖父を後ろに、自分達を見据えた林太郎は明らかに、将来、祖父に代わって師範を務める事を高弟達に宣言したのだ。

「高田殿、試して見られよ」
 祖父が高弟の列でも中頃に座っていた四十前後の弟子を名指した。呼ばれたずんぐりとした男は、頭を鋭く下げて一礼すると、左の竹刀をひっつかみ、すっと立ち上がり道場の中央に進み出た。どすんどすんと足を踏みならして怒りの表情である。どうやら高弟の中でも、林太郎を認めたくない粗暴な男の様だ。

 俺や他の野次馬は、呆気に取られて見ていた。まるで戦国時代か江戸時代に戻った様な感覚だ。バルブだ、経済破綻だと世が変転している間、彼らはこんな世界を脈々と継いでいたのだ!
 どこに彼らは逼塞(ひっそく)していた?侍が現代に蘇った?



5 試合開始

 二人は十メートルほど離れ、相対して正座した。

 竹刀を前に縦に置くと、伸ばした親指と輪にした人差し指を床に付ける形で礼をした。そして右手から竹刀を取り上げ、左手を付けてゆっくりと右足から立ち上がった。

 高田が鋭い目で林太郎を睨む。
 お互い、まだ竹刀を前に両手で持って垂らしている。新陰流の『無形の位』という自然体だ。この構えから縦横無尽な構えに入って行く。

 片や、あいつは悠然と高田を見ていた。
 目は高田の後ろのもっと遠くを眺めている様だった。
 筋肉質の高田は自然体になっていても、どこか猪首でいきんだ様な感じである。対して、華奢に見える林太郎は静かに仏像の様に佇んでいる。

 お互い動かず、どう攻めるか考えている様だ。
 最初に高田の竹刀が上に上がり、高い上段となった。
 すると林太郎の竹刀もすると持ち上がり、同じく高い上段を取る。ごくと生唾を呑む音がまわりでする。

(上段に上段!・・・あいつが前に教えてくれた合撃(がっし)打ちの戦いか!)

 合撃打ちとは、お互い雷刀(上段)から殆ど同時に打ち合う技である。『殆ど』と言ったのは、敵に先に打ち出させて、遅れて打ち出し、勝つ、という信じられない技なのだ。

 俺は最初、林太郎から聞いた時、耳を疑った。
「え・・・遅れて打ち出した方が勝てるのかい?」
「うん、新陰流の極意の一つなんだ。打ち出させる前に勝っているという事なんだ。『先々の先の位』っていうんだ」
「?・・・?」
 俺には分けが分からなかった。
「兵法では後手必勝が普通なんだ。相手の出方によって対処の仕方を変えることが出来るから。孫子にあるだろ。『奇は無形なり』って」
 あいつはコーヒーを啜りながら、くすくす笑って話していた。古武道の神髄を聞こうとする俺を、煙(けむ)に巻くのが楽しいのだ。
「双方とも合撃を狙ってたらどうするんだよ?」
「ああ、そこは難しいね。稽古では、教える人が先に撃ってくれるけど、真剣で戦う時にはそんな決まりはないよね」
 俺は一本取ったと思って、得意になって聞いた。
「そりゃ、そうだろう!どうするんだ、そんな時?」
「お互い、牽制して相手を打ち出させようとするだろうな。でも虚を突いて正確に早く打ち出せば、合撃させないで勝つ事も出来る」
「つまり・・・」
「相手にすきを作らせるか、誘い出した方が勝つのさ」
「一方的に攻めて一本勝ちってのはないのかい?」
「それは必ず相手を殺す事になるだろう?それを新陰流では『殺人刀(せつにんとう)』と言うんだ。相手を先に動かすのは、彼に戦いを思い止(とど)まらせる時間を与えるって意味がある。それを『活人剣(かつにんけん)』と言うのさ。新陰流は活人剣を重んじるんだ」

 俺には、林太郎が敢えて言わない事が、この試合を見ていて分かった。
 あくまでも、冷静に瞬時の判断を行う事が剣の戦いの勝負を決めるという事を。
 そして、それを生死の境で行う『勇気』が新陰流の本当の極意だということを。
 『生きたい』という望みさえも全て捨て去る『勇気』とは・・・人間が本当にそのようなものを持てるのだろうか?



6 合撃(がっし)試合

 高田が動いた。

 するすると林太郎との間合いを詰めて行く。
 林太郎は佇んだままだ。
 そして間合い(間隔)が三メートルほどの所で高田は止まった。ここが『間境(まざかい)』だ。ここから少しでも踏み込めばお互いの竹刀が当たる。
 高田が間境で止まった瞬間、林太郎は右足をすっと前に出した。間境を右足分だけ越したのだ。

 林太郎が斬り込む!
 と誰もが考えた。合撃打ちでは不利となる先打で攻めるのか!

 高田には、林太郎の竹刀が自分に向かって打ち出されるのが見えた。しめた!
 思わず高田はそれに合わせ竹刀を打ち下ろした。
 しかし林太郎の竹刀は上段を取ったままだった。振り下ろしたのは『先打』の気合いだけだった。高田はまんまとそれに引っ掛かった!
 しまったと高田は思ったが、振り下ろし始めた竹刀を止める事は身体が瞬間、『居着く』ことを意味していた。つまり止める動作に入った瞬間、すきが出来るのだ。新陰流は現代剣道と異なり、頭、腕、拳、胴、腰、脚、どこを撃っても良い。竹刀を止めた瞬間、頭以外のどこかを撃たれるだろう。

 高田も十数年のキャリアを持つ者。覚悟は出来ていた。後は正確に迅速に竹刀を振り下ろすしかない。迅雷の様に真っ直ぐに振り下ろす太刀は、相手も躱(かわ)すなど対処せざるを得ないし、自分を守る盾にもなる。

 だが、林太郎の遅れ振り出す太刀は、高田のものより凄まじかった。前に出した右足がさらに床に沿って踏み出された。彼の上体がその姿勢を保ったまま移動した。
 高田は先に撃たされたという焦りから、先に林太郎の頭を撃とうと、竹刀を渾身の力で振っていた。・・・それが少し上体を前に傾斜させることになった。
 直立した姿勢が腰から崩れたのだ。

 ばしん!

 二人の竹刀は凄まじい音をさせて激突した。高田の力んだ肩の力は拳を振ることに使われ、竹刀の先は拳より遅れて回った。即ち、手首の関節を蝶番にして振っていた。

 林太郎の竹刀は、肩と肘、竹刀が一直線となり、体重が十分に乗ってその行く太刀筋は決して曲がらなかった。心体技が揃った天才の打ちであった。
 斯くして、高田の竹刀は華奢な林太郎の竹刀にその太刀筋を譲り、林太郎の左に落ちて空を切ったのだ。林太郎の竹刀はふわりと高田の頭頂部に付いていた。

「先々を取られたな、高田殿!」
 高弟の筆頭である警視庁高官の池海が言った。
 式台の石舟斎はじろりと池海を見て首を小さく振った。
「はっ!」
 高田はがっくりと腰を落とした。



8 林太郎への文(ふみ)

 俺は、後から後から現出する、林太郎が舞う様に演武する古武道の真剣勝負を夢心地で見ていた。

 高弟達が代わる代わる色々な攻め方で林太郎に立ち向かう。林太郎はそれを完璧な技で破って勝つのだ。カメラマンは必至になってその様を記録していた。


 俺達は林太郎のバイクで二十四日の夕方、北越のログハウスに帰ってきた。
 印可の授与が終わった後、宴会で林太郎は高弟達の祝福を受けていた。
 特に最初に破られた高田は、あいつを『若先生』と呼び盛んに盛り立てていた。道場に頻繁に来る様懇願していた。

 俺がシャワーから出ると先に入ったガウン姿の林太郎が手紙を読んでいた。
「何だ?それ、手紙?」
 林太郎ははっとして俺を見た。何か怪しい。
 待っていると林太郎はおずおずとそれを俺に渡した。

「林太郎若先生
 私は若先生に惚れました。あの合撃で打ち負けた時、もっときつく叩いて欲しかった(笑
 若先生は兵庫介、連也の再来です!若先生のためなら火の中水の中、厭いません!死ねと言って下さい!どうか、道場に沢山来て私を叩いて(爆)、いや、ご教示ください!
頓首頓首     高田三之丞
電話 ・・・・」

「・・・何だこれ、ラブレターか!」
 林太郎は真っ赤になって、
「ち・・・違うだろ!高田さんはそんな・・・ふざけているだけだろ」
 俺は意地悪く笑って、
「じゃ、ファンレターということにしておこう」
 林太郎は俺を下から上目で見つめ直した。
 あの道場での厳しい表情ではなく、女性の様な悩ましい目つきで。
 そして質問した。
「・・・心配だった?」
 俺は膝を崩して座る林太郎の前に立ったままで答えた。
「当たり前だろ・・・凄い緊張感で、本当に戦っている様だった」

 あいつは目を降ろしてしばらく黙っていたが、
「・・・本当に戦っていたんだ」
「・・・」
「竹刀だから真剣勝負じゃないなんて新陰流にはあり得ないんだ。真剣を持っても同じ事が起こらなきゃ、ならないんだ・・・」



9 二人を分かつもの

 林太郎の目から涙が零れた。

「どうした?」
 俺は吃驚して、駆け寄って林太郎を懐いた。

「おまいの書いた小説の主人公の少年て・・・刺客をしながら運命を切り開いて行ったんだよね・・・」
「あ・・・あ」

 俺の小説!その中で、刺客に育てられた少年剣士は運命に逆らわず、非情の剣を振るった。その心の中の孤独と戦い、愛を求め。

「映画の中で、『彼』を演じたけど・・・今、その心が始めて分かった様な気がする・・・」
 林太郎の腕が強く俺の背中に回った。俺も力一杯彼を掻き抱く。あいつは俺の肩に顔を当てて言った。
「おまいを死んでも愛するって・・・俺の業かな・・・?」
「!」
 この時、始めて俺は恐怖の奈落を垣間見た。

 あいつの死なぞいっぺんも考えた事がなかった。しかし、この先、何十年先かも知れないが、必ずどちらかの死が二人を引き裂くのだ。
 あいつは囁く様に言った。
「迷惑だろ・・・」
「ば・・・馬鹿野郎!そんなことがあるもんか!」

 稽古と雖も、生死の狭間を通り抜けた林太郎は、現実に戻った時、死と生の壁の薄さを強く感じるようになったのだ。
「あの物語・・・本当に有った様な気がする」
 この言葉に俺は驚いた。俺の書いた虚構が真実である筈は無い・・・
「え・・・?」
 林太郎は顔を離して再び俺を見た。涙の跡が両頬について、はにかむ様な妖艶な笑みを見せて。
「おまいが小吉(こきち)で・・・俺が、あの少年で・・・彼らが死んでも『契り』は俺達まで続いて・・・」
「りん!」

 現代の小吉は、転生した少年刺客をいつまでも抱き続けた。
 生きる限り、そうするし、死さえも俺達を引き離す事は出来ない。

 遠い昔に少年への深い愛を彫り込んだ仏師、将軍万福の如く、俺は少年阿修羅像を心に刻み未来永劫、その姿を追うのだ。

 外の森には雪が降ってきた様だ。俺達のためにあと何回、クリスマスはやって来るだろうか。







注1)兵庫介は柳生兵庫介のこと。石舟斎の孫で、尾張柳生を開く。現在までその道統が続いている。連也は兵庫介の子、柳生連也斎のこと。新陰流の天才と言われる。終生、女色を絶った。
注2)泊瀬光延作「前田慶次郎異聞 りんと小吉の物語」参照。